『思考力を身につけろ』という人は一体ナニを求めているんですか?

ビジネスという言葉は怪しい
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 クレタ人は嘘つきだとクレタ人が言っています。

最近、『思考力』が謳われすぎている


「今時の若者は思考力がない。」
「新人は考える力が足りない。」


 こんな言葉を見るとウンザリしてきます。タダでさえ先輩・上司に口を酸っぱくして言われ続け、今にも上司の口がpH1にまで酸化されて溶け出さんばかりの時に、ネットでも言われたらたまらんでしょう。書いている私も死にたいです。


 先日、久々に時間ができたのでネットサーフィンをしていたところ、

『バカほど「それ、意味ありますか」と問う』

という題名の記事が目に飛び込んで来ました。「これ、読む意味ありますか」と思ってしまったワタクシは正真正銘のバカですが、今後ともよろしくお願いします。


 この記事をきっかけに、『考える力』って抽象的過ぎるなと感じたんですけど、

意味の分からないものに対峙した時に、自分なりの解釈を当てはめること

だという結論を導きました。具体的にどういうことか、というのをこれからお話していくので、『考える力について今一度考える』という、姑のアポなし訪問くらい望ましくない状況にしばしお付き合い下さい。

テストです。


唐突過ぎますが、問題です。一旦頭をリセットして、次の文章に向かい合って下さい。



「弱者への愛には、いつだって殺意がこめられている。」



ちょっとスクロールするのを我慢して、これはどういう意味か、自分なりの解釈を与えてみて下さい。





















 結論から言います。



 ここに来る前に自分なりの答えを作ることができた人は、思考力の高い人間で、できなかった人は低い人間だと判断できます。何となく、ここまで来れば答えが見れそうな気がしてしまいますよね。これが、ネットの力。

 つまり思考力っていうのは、「答えのない事柄に対して考えてみるだけの気力と時間があるかどうか」にかかっていると思います。ええ、言いたいことは分かります。ネットで見つけた一記事のためだけに、貴重なYoutube鑑賞のための5分を割くほどヒマな人はそうそうないです。

 こんな答えのないことに思考する時間がある人は、よっぽどヒマな人間か、それを趣味とする気のチガってしまっている人だけです。こんなことにいちいち構っていたら多忙な現代社会、やってられないわけです。だからこそ、思考できる人間とできない人間に差が生まれてしまうんだと思います。


 ちなみに上の問題は、知る人ぞ知る安部公房の『公然の秘密』という作品に登場する言葉から引用しました。私は上の文を見た時、「未熟な人間を愛情で肯定してしまうと、その人をダメにしかねない」という意味かなと思ったんですけど、小説を読むと全然違いました。気になる方は是非。

自分にとって理解の及ばない人間

 こういう『意味の分からない言葉』に対面するとよく考えさせられるように、『一風変わった人』と関わると、今まで考えなかったことを考えさせられます。


 当方は、人と違う事をやって注目を集めるバイトテロリスト集団とは一線を画す凡人なので、『人の考え付かないことを考え付く』というカリスマ性は持ち合わせていません。セブンのおでんを地面に投げつけたりはしません。

 ただ、自分の友人には珍獣ハンターイモトが大手を振ってやってくる位オカしい人が多くて、そういう自分の理解の及ばない領域にいる人間に対峙した時に、色々なことを考えます。「この人ちょっと頭オカしいんじゃないかな」という人を前にすると、 この人は何でこんな考え方をするんだろう、っていう自分なりの解釈が欲しくなってしまって、もの凄く考えさせられるんですよね。

 これって、「正論をかます本よりも、ちょっとオカしい新説を提唱し始める本」の方が売れたりするのとも似ています。付き合う友人って自分と価値観の近い人を選んでしまがちですが、あえて対局にいるような人に絡みに行くことで思考の良い機会になったりもします。

まとめ

 『思考力』は結局、「自分なりの解釈を当てはめること」で、これはある意味哲学にも近いものです。

 ワタクシ、実は曲がりなりにも大学で研究をさせてもらっているのですが、そこで分かったことがあります。優れた科学者には哲学的な人が多いんですよね。

 それは学問の全ての根源が、「意味の分からないものに解釈を与える過程」だからです。


学問の中でジャンルに分類されなかった残り物だけが、「哲学」でくくられている。』というのを以前に本で読んだことがあるんですけど、これは全ての学問が哲学に根ざしているということの裏返しでもあります。

 なので、科学の分野で優秀な人間は、恐らく哲学者になっても非常に優秀なワケで、『思考力』というスキルがビジネスフィールドで重要視されるのは、こういう『汎用性のあるスキル』はどこに行っても役に立つからだ、というのが結論です。


 最後にどんでん返しになるのですが、もう一つだけ安部公房の言葉を残して終わります。






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