SNSで暴走を続ける『熱量迷子』を取り締まりたい

クソ記事
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当方、いつも丁度良い熱量を探しています。

熱量豊富な投稿


『貴重な経験』『人とのつながり』『走ります』『戦います』『最高の仲間』『マインド』『濃厚』『全力』『ビジョン』『感謝』


 このようなワードをふんだんに駆使したSNS投稿に心当たりがありませんか?ありますよね?
 そして、百発5億中で胸焼けを起こしてますよね?


 まず、この胸焼けに最も速攻性のある治療法から紹介しますが、即座にフェイスブックのアカウントを畳み、『FXで借金を貯めまくった挙句、返済のために更にFXにカネをつぎ込む人のブログ』を見に行く事です。これで万事平和的解決です。


 さて今回は、『上記のようなパワーワードを惜しげもなくつぎ込む投稿に対峙した時、我々はどう立ち向かえば良いのか』ということについてアツく語っていきます。「アツく語る人にどう立ち向かうかをアツく語る」という、キチガイ極まりない矛盾に圧倒されて下さい。

 大前提として、理解しかねる第三者を発見した時は『攻撃ではなく無視』。
これが、『適用される法が少ないスラム街』、又の名をSNSと呼ぶフィールドでの最低原則ですが、そんなことを悠長に言っていたら何も語れないので、今日はいっそのこと捨て身で考察していきます。

突然の、『走ります』『戦います』宣言

 これらの専門用語は、「今日から新規事業」等の熱量豊富な投稿で、主に終盤で用いられます。

 熱量迷子は、もれなくナゼか走ってます。物理的には絶対に走ってないのに、SNS上ではかかさず走っており、非常に健康志向です。なんなら、より高度な『戦い』という技術を身につけ、SNSという公の場で宣戦布告を仕掛けてきます。どういった事の経緯か、彼らの周りでは常にバトルが繰り広げられています。

絶対に最高の仲間がいる

 イベントを成功させたアツい人間には、必ず『最高の仲間』と呼ばれる人達がいて、部外者はゼッタイに知らないのに、ご丁寧に固有名詞で紹介してくれます。そして最高の仲間とやらは、アツい人間を支えたエピソードの1つや2つを添えて紹介されています。

~してくれたみんなに感謝。

 こちらは、『最高の仲間』と共に用いられやすい専門用語です。この感謝は非常に重要であり、なんら問題はないです。

 しかし、熱量迷子は何かをやり遂げたのをイイコトに、実質関係ない「今まで支えて来てくれた人全員」に感謝し始めます。職場の同期、先輩に留まらず、友人、彼氏、両親、実家の犬、おじいちゃんおばあちゃん、先祖代々、世界を七日間で創り上げた…。とにかく何かのキッカケで、ありとあらゆるものに感謝し始めます。

このような批判

 こう、思われています。確実に。ワタクシの様な性根が360度曲がりくねり、自分より下を見ることこそが最大の原動力になる輩には、十中5億でこのように思われています。


 そして、こういう性根が360度曲がりくねり、かえって性根が正面まで戻ってきてしまっているワタクシの様な人間達は、アツい投稿に対して「別にいちいち言わなくていいから。」とか思うの、もうヤメましょう。

 こんな性根のひん曲がった野郎共が、隣の真っ青な芝生しかないフェイスブックやらインスタグラムやらにドヤ顔で参上して、一丁前に思ってもない「いいね!」をプッシュしまくるという作業は、動機不明過ぎて意識の高いミステリー小説ファンに激昂されます。


 そして、批判はもっとヤメましょう。この様にアツい人間をさらし者にし、相手が必死に向き合っていることを一生懸命になってツマらないものに見せようとする我々は、「”意識高い”を口癖とするモンスター」、又の名を「批判型マウンティング芸人」と陰で称されでいます。

 相手の言動をダシにして批判するほどヒマであることを全力でアピった挙句、ナゼかもれなく、その正義感は『正しい』と思っています。もうこの血を血で洗う戦争に終止符を打ちましょう。自分の経験ではなく、「他人の経験をダシにして自己をアピる」という、より上級の自己開示に手を伸ばしつつあるという自覚を持っていきましょう。

SNSはCMの原理

 話は戻り、SNSというのは、もうCMか何かに成り上がっているような気がします。テレビを見ていたらなんとなくCMを見てしまうように、日常生活の中でなんとなく見てしまうのがSNSです。

 だから、頑張ってきた過程を具体的に報告するCMがないように、具体的過ぎるSNS投稿は、その外部の人間が、引きます。アツい投稿を見せてくれる人って、実際会うとめちゃくちゃ面白くて賢くてフレンドリーで良いヤツで、もれなくドMでこの上なくワタクシの好きな人種なんですけど、だからこそ効果的なSNS、すごく重要だと思います。同じフィールドで興味を持っている人以外にも届くのがCMであり、SNSです。

熱量と批判

 こんなに長々と、熱量暴走族と批判芸人の終わらない闘争について書いたのは、この記事を目の当たりにしたことがきっかけでした。

「日本国紀」を巡る幻冬舎社長と作家との対立から見えた「出版村の終わりの始まり」(植村八潮) - Yahoo!ニュース
 『日本国紀』(百田尚樹著)をツイッターで批判した作家の新刊を取りやめたことで、幻冬舎社の見城徹社長が投稿したツイッターが物議を醸している。背景にある出版慣行や出版構造上の問題点について取り上げる。


 事の一部始終を説明するととんでもない文量になってしまうのですが、大胆にまとめると、『ある出版社から文庫を出す予定だった作家Aが、その出版社の別の本を批判したことで、出版社のトップが激昂して、作家Aの本が売れていないことを世間のさらしものにした』というものです。


 出版業界も非常に、熱量豊富な人が多いです。文章や意見というのは、基本的には「言ってるだけ」なのですが、その逆側の価値観を持つ人々は「否定された」という過剰反応を示してしまうのが、「根拠のない同意を圧倒的美徳とする国、日本」の特徴です。だから『モノを言う』というのは、ある意味で、その価値観に同意する信者を集めることなので、モノ書きにはアツい人が多いのだろうなと思います。

 しかし、その人々がアツ過ぎるが故に批判によってポジションを取ろうとしている時は、グ、グロい…と思います。熱量は時々、その外側にいる人を排除するということを無意識に実行します。だから、熱量や批判だけで知識の足りていない人を囲い込んで感化しようとするのは、アデランスやってるオッサンの頭皮くらい薄いです。


 つまり、SNSだけに関わらず、熱量と相手の批判で同族囲うツマんない茶番、もうやめようぜ、と言いたい。





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