数学者か物理学者かユーチューバーになりたい

ひっしゃのコラム
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何がしたいか分からない

 ここでの記事は、少なくとも自分より下か同年代の年齢層に向けて書いていくつもりなんですけど、現在進行形で22歳のワタクシ(2019年現在)。これ、どういう年齢だと思います?










 将来何したいの?って聞く最高のターゲットです。合コンに来た地方出身の顔はあまり可愛くない女子大生くらい最高のターゲット。就活まで本当にイヤという程この質問を受けるし、嫌という程考えることになる。

 どのくらい嫌かと言えば、友達と遊びに行ったときにソイツが別の友達に会って、スマホ見ながら立ち話が終わるのを待ってる10分くらい嫌だし、それがどのくらいの頻度かって言うときゃりーぱみゅぱみゅがイメチェンをする頻度くらいなワケです。きゃりーぱみゅぱみゅが散髪する度に将来について考えさせられるこっちの身にもなって頂きたい。


 それでその度に思うことが、「ああ、自分って自分が何をしたいかすら分かってないんだ」

何とも言い難い試されてる感

 また、この質問をしてくる輩は決まって年上だ。先方はもう何なら世間話か、ジェネレーションギャップで特に話すこともないから、くらいのノリでこの話題をドヤしてくるのかもしれないが、こっちからすればもうそれはもうささやかな毒殺。この上ない、「試されてる」感。


 「いやーまだわかんないですねー」みたいに言うと、若者は夢を持つべきという老害極まりない思想を押しつけんばかりの表情に速やかに黙殺されそうになるし、何か言ったら言ったで、それを実現しなければ夢を叶えられなかったヤツみたいになるから、不倫判明後記者会見同然の慎重な一手が要求される。


 つまりこんな、相手を一瞬で 八方塞がり・背水の陣のパニック状態に陥れる難題を、真顔でおっぱじめてくるキチガイで世の中は溢れているというのが現状なワケです。

どんなに頭のいいヤツでも、自分が本当に何をしたいかなんて以外と分かってない

  ここまでは本題ではないので速やかに記憶から忘れ去ってもらって構わないんですけど、要はこんなことで悩めるのも学生のうちだ、という考察のもと動くことが重要だってことを言いたかったワケです。

 「そんなことない!人はいつだって自由なんだ!道を変えるのに早いも遅いもない!」とおっしゃる輩がここでウジャウジャと登場するかもしれませんが、それは将来について考察する機会を放棄することは一切の関係がないので、そのような考えも速やかに記憶から忘れ去ってもらって構いません。


 そんで、まあこんだけ語れるくらい、やりたいことみたいなヤツとにらめっこしてきた私だから言える事なんですけど、その中で見つけた一つの結論がコレ。


 どんなに頭のいいヤツでも、自分が本当に何をしたいかなんて以外と分かってない。

褒めて伸ばす教育の闇

 今先ほど、頭のいいヤツうんぬんなどとヌカしていた私なんですけれども、この「何がしたいのかよく分からない」傾向って優秀な人ほど強い傾向にあると思います。優秀な人ほど先とリスクが見えるので、安易に「ユーチューバーになりたい」などとは言いません。


 そして優秀な人ほど褒められ慣れていて、人生を褒められる方向にばかり動かしてきた諸君は、さあ君は何をやりたいんだ!という究極の質問に直面した時に、直ちに閉口及びシカトという究極の一手を禁じ得なくなるワケです。


 それもそのはずで、今まで言われたことばっかりをやり続けてきて、意味がわかんなくてもクーロン力もモルも、sincosθを微分するなどというワケのわかんないサイコパスじみた作業も甘んじて受け入れて来て、そんな中で「将来やりたいことはこれだぁぁあああ」なんていうヤツがいたら、もう日本はとっくに数学者と物理学者で溢れ返って、産業機能がストップして、安倍晋三も教育改革を最優先するようになります。

自分と違う視点を持った人を見ると、自分がどういう視点を持ってるか気づく

 みんな言われたことをやるのは少しずつ得意になるけど、自分について考えることはことごとく苦手。これが、やりたいことがよく見えなくなる原因。なんなら自分が何を考えているか意識すらせずに何時間もインスタやツイッターや東海オンエア見るハメになってることだってザラです。


 特に10代の頃っていうのは、熱心にtiktokもレペゼン地球も見れるくせに文章マジで嫌いですからね。ツイッターでブログの埋め込み流れて来た時点で、もうリツイート圏外。好きなタイプはスポーツマンですっていう女子に力士を紹介するようなもの。土俵が違うだろうがってな話なワケです。


 ただそのうちの少しの時間を、自分が何考えてるかを考える時間にしてみて欲しいんです。『ブログじゃねぇよ!』っていうタイトルには意外にも強い思いが込められていて。ブログって基本的には「日記」だから自分の日常を発信していくっていう印象が強いと思うんですけど、誰かの思考を刺激するような情報が届けられたらいいなって思って、この名前を付けました。

 全世界の人間に向けて開かれているネットという窓口には、人の考えを劇的に変えるようなコンテンツも、こいつとはマジで相容れないわっていうコンテンツもあります。重要なのは、その中で自分と違う視点を持った人を見て、「自分がどういう視点を持ってるか気付く」こと。誰かにとって、そんなきっかけになる言葉を届けられたらいいな、と思っています。

もっとテメェの頭で考えろや。そしたらもっと世界が面白くなるから

 自分が何をやりたいのか分かんない。でも、社会で生きてくために何かをやんなきゃいけない、これから自分の行く道を選択しなきゃいけない。


 こういう日、絶対来るから。


 自分の出会うもの、出会う言葉、出会う人をもっと自分自身で選択しなくちゃいけない。自分を創り上げてくれる何かを、もっと求めて。「わかる」と「それな」が口癖の友達は、自分の意見発表会には使えるかもしれないけど、自分の中身を創り上げてはくれないから。


 私自身も、何がやりたいかなんてわかってなかった分、やりたいことをどう考えればいいかについては割とよく考えていて、その中で出会った言葉・モノ・人で、自分を作る一因となった事について少しずつ話していきたくて、このサイトを立ち上げました。

 その中には感動的なのも、くだらないものもあるかもしれないけど、大事なのはそれがどうかじゃなくて、それに触れて自分がどう思うかです。「言葉のチカラを信じてる」なんてしゃらくさいことは言いたくないけど、少しでも誰かの感情や思考を刺激する何かになってくれたら、私としてそれ以上のことはないです。



 こんな感じでうっかりウン千字と書いてしまったんですけど、散々思いを綴ってきて、最後に書いたウン千がウンチにしか見えなくてもうそれ以外のことは考えられないんですけど、次からはここでの記事をウンチ以上に価値のあるものにして提供していきます。

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