森でコケ集めてたら、生きがいとか色々どうでも良くなった。

生き抜くメンタル
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コケに縁とゆかりができました


 あのー、コケって分かります?



 言い回しにムカついて堪忍袋の尾がブチ切れる音が聞こえましたが、まだサイト閉じないで下さい。コケの話がしたいんです、こっちは。


 で、唐突なんですけどコケの話しますね。大都会のコンクリートジャングルで元気いっぱいに活動しておられる皆サマからしたら、苔なんて縁もゆかりもない生命体でしょうけど。




 当方も、金輪際コケと深く関わり合うつもりなんてなかったんですけど、大学の研究室という異世界に生息していると、想定外の事態も起こるワケです。ある日、「北海道の苔という苔を拾い集めたい!」というヨーロッパ研究者集団がうちの研究室にやって来ました。ええ、私から見てもかなり普通ではない野望を抱いてしまっていると思います。

 先週、そんなヨーロピアンズ達の「一大コケ収拾イベント」に同行して来ました。コケのために日夜奔走しまくり、控えめにトラウマになった。コケ。


 今回は、そんな苔ハンター達に着いて行って、研究者の生き方ってホントに狂ってるなと思った話をしていきます。

ミッション:インポッシブルかと錯覚した

 具体的に状況説明しておくと、ヨーロッパの植物学者が『特定の相利的共生を持つ地衣類』という得体の知れない生命体を、北海道まで収拾しに来ていました。私がしたのは、そのフィールド調査への同行です。

 そんなことはどうでもいいので、「なんか特別なコケ取りに来たんやな」くらいに思って下さい。


 その『特別なコケ』とやらは、「北海道に20種類はあるはずだ」とか何とか説明してくれて、それを集めるのが今回のミッション:インポッシブルでした。



 で、イメージでわかると思うんですけど、コケってそんな何のヘンテツもない公園とかじゃ見ないじゃないですか。何となく、「湿ってないと生えないだろうな」くらいの感覚はあるじゃないですか。

 そのイヤな予感が功を奏したのか、案の定そのヨーロピアンズ達は、クマや鹿でギリ通れるような場所に平然と入って行きました。急な山も、流れの強い川も、竹藪も森も関係ナシ。コケのためなら原生林すら開拓すんじゃねぇかと思いました。イヤ、冗談だと思ってますよね。ガチですから。


 そんな姿を見ているうちに、「あ、この人達を突き動かしているのって、コケの存在だけじゃないな」と気付きました。

ポケモンマスターでもあった。

 その採取活動の休み時間のことです。

 一人のヨーロッパ人のスマホを覗くと、種々のアプリの中に堂々と「ポケモンGO!」が陳列していました。「ポケモンGOやるの?」と恐る恐る尋ねると、「Of course !」って返されましたよ。



 当方、どんなに理不尽な価値基準を押しつけられても平然と受け入れますけどね、この時ばかりは「31歳で苔収集癖を持つ白人男性にとって、ポケモンGO!がOf courseな理由」がさっぱり分からなかったです。いいな、ヨーロッパって。自由の国だよな。


 その時思ったんですけど。「あーこの人、ポケモンマスターと同じ感覚で苔集めてるんだろうな」って。凡人だったら、竹藪とか、そり絶つ岩とか乗り越えてまでコケを取りに行く姿目撃したら、「そこまでして取りに行く?」って思うじゃないですか。


 その人達からしたら、「コンプリートしないと、そこまで揃えたことに意味が無い」くらいに思ってるんだと思います。ポケモン図鑑も、始めは増えていくことに快感がありますけど、コンプリートに近づくにつれて、抜けているところばかりが目立ってくるじゃないですか。そういう「自分が出来ないかもしれないこと」とずっと戦っているように見えました。

「目的」も「生きがい」も、大してどうでもいい。

 そんな経験を振り返って思うんですけど、「生きがい」とか「目的」とか、そういう自分を綺麗に飾るような部分ほど、大して意味もなければ善し悪しもないんじゃないかなって。「ポケモン図鑑をコンプリートする」という目標にすら、良し悪しなんて付けられないじゃないですか。だから、

目的にどう向き合うかという姿勢を見せること。

 これこそが現実で、日常で、その人の人間性を物語ってる。「生きがい」も「目的」も理想論的に語るのは簡単。崇高な目標を掲げたって、掲げるだけなら大した意味もないじゃないですか。


 だからこそ、ミッションクリアのためなら何でもする彼らのことが、深く印象に刻まれました。一日にどれだけ多くのものを見て、それをどうやって物にしていくか。それがいかに重要かを改めて実感する機会でした。

いかがだっただろうか。

 苔ハンターへの同行で、筋肉痛が2,3日遅れて来るババアに成り上がっていることも判明してしまいました。

 森を散策中、買ったばかりの靴が沼にはまって、靴下のまま沼に片足突っ込んだこともありました。この時、「あ、もう自分失う物とかねえな」と思えたのが、今回の個人的な収穫です。





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