「海外行って価値観変わった」がウザい理由を分析したい

ひっしゃのコラム
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 海外行って価値観コロコロ変わっちゃってる皆様、お疲れ様です。

「海外に行って価値観が変わったキャラ」だと思われるのはイタい

 ワタクシ、日本から8330kmも離れた異国の地に滞在し、悪文を書き連ねること早4ヶ月になります。2ヶ月程前に友人がパリに来るというので会いに行って来たのですが、そこで言われた言葉が、


「あー、お前って海外行って価値観変わっちゃう系女子なんだ」


 確かにあの時の自分は「海外行って、オマエ何してんねん」って思われたくなくて、一人でにベラベラベラベラ喋っていました。「日本にいた時はこう思ってたけど、今はこう思ってて~」っていう演説を自発的におっぱじめていて、向こうからしたら「聞いてねーよ」という感じだっただろう。

 その時、アイツが友達で良かったなって思いました。友達じゃなかったら華麗なスルーキメられて終わってたと思うんですけど、彼は
「あー、お前って海外行って価値観変わっちゃう系女子なんだ」
って言ってくれたワケですから。

どうして海外野郎は人をイラつかせてしまうのか

 私の演説は、彼にとって
「テメェとは違う経験してるから、もうテメェとは違う次元で考えてるの、ワレ」
と言っているように聞こえたことだろう。

 これはもはやマウンティングの究極系、もしくは他人を苛立たせる真骨頂、もしくは人としてのコモンセンスを失ったゴリラとして認識されるに値する。否、先方はコチラの事を「ゴリラだ。」と断定した可能性さえある。


では、ナゼ「海外行って価値観変わった」がこんなにも人を苛立たせるのか。






 答えは単純で、「別に言う必要のないことだから」。

 てめぇが価値観が変わるような出来事を体験したんだったら、それはてめぇの中に大事にしまっときゃいい話で、その意識変更のプロセスを相手に発表した瞬間タダのイタい奴、もしくはゴリラに見える。

 それは、相手に言うという確認作業は、自信がないときにすることだから。
「私海外行って、自分こんないい経験してるよね!」
というのは、自分の経験の価値にイマイチ自信が持てないヤツがやることだから。そして、『海外』という他人と差別化できる言葉をハッピーセットにして提供しないと自分の思考を語れないから。もはやゴリラとしての自分すら見失ってます。

「価値観変わった」というのが一番簡単

 ですが、私が言いたいのは「速やかにその類人猿としての口を閉口し、海外での経験を闇に葬り給へ」という類のことではありません。


価値観変わったも、意識が高まったも、生き方を見つめ直したも、それだけじゃ何も変わってない。

ということです。

そして重要なのは、
それがこれからのアンタの人生の時間配分をどう変えるのか。

ということ。こちらからは以上です。





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